菌塚建立のいきさつ

私の一生の仕事とした 昭和初期の酵素工業は いわゆる萌芽期というべきもので、そこには
幾多の試練が横たわっていた。 幸い近年学問のめざましい進歩により 新しい酵素が続々と
開発されて、多くの分野に重要な役割を果たしていることは よろこばしいかぎりである。 しか
しその光の影にひそむめに見えぬ 無数億の夥しい微生物の犠牲にあまりにも無関心な人間
の身勝手を反省し,菌恩の尊さを称えようと 私は比叡山の西麓,名刹 曼殊院門跡の霊地
に菌塚を建立した。
先ず最初の仕事は建立場所の選択であった。日頃尊敬する紫野大徳寺、立花大亀老師のご
助言によって曼殊院門跡を訪ね山口ご門主にお目にかかり、つぶさに 菌塚の趣旨を説明し
適当な敷地のご協力を懇請した。ご存じの通りこの付近一帯は歴史的風土特別保存地区に
指定されており きびしい制約がひかれているが、門主の深いご理解とご支持を得て、この地
を確保できたことは幸いであった。次に感謝にたえないのは斯界の泰斗、坂口謹一郎先生が
菌塚の題字の揮豪を引き受けてくださったことであった。 これによって このたびの企てが半
ば成功したと称して過言ではあるまい。 さらに先生にはご上洛の機会に寸暇をさき 曼殊院
門跡を表敬訪問をしてくださる等こまかいお心遣いをいただいた。 あまつさえ 菌塚建立をた
たえる短歌をいただいた。

これのよに ゆかしきものは この君の   四恩のほかの 菌恩のおしえ

めに見えぬ ちいさきいにちいとおしみ  み寺にのこす いわのいしぶみ

菌塚はとわにつたえめこの君の  菌いとほしむ たうとき みこころ


身にあまる 光栄 頭の下がる思いである。

菌塚は これら物言わぬちいさきいのちの霊に謝恩の意志をこめて建てたものであるが、 同
時に菌にかかわる人々が風光に勝れたこの地を 時折訪れて、菌塚に話しかけ しばし頭を
やすめるとともに、 菌類の犠牲に報ゆる仕事をなしとげることを めいめいが 約束できた
ら、いかにすばらしいかと思うものである。


元大和化成株式会社  取締役社長  笠坊武夫



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